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世界を揺さぶるトランプ金融規制緩和の衝撃 リスクマネーの膨張はバブルを招きかねない

2017.02.24

1月20日のトランプ政権誕生から1カ月余りが過ぎた。時間の経過とともに、入国規制の大統領令が裁判所から却下され、フリン大統領補佐官(国家安全保障担当)はロシア大使と就任前に接触したとして、わずか2週間で辞任に追い込まれるなど、たとえ大統領とはいえ、すべてがトランプ氏の思いのままにはならないことがわかってきた。おそらく、政治経験ゼロのトランプ氏は、人生で初めて「誠実さ」を要求されていることに戸惑っているはずだ。

オバマ政権時代のレガシー、ドッド・フランク法

そんな状況の中で、2月3日に署名した「金融規制改革法(ドッド・フランク法)」の見直しに関する「大統領令」が注目されている。トランプ政権にはウォール街の出身者が数多くいて、入国規制政策を演出したとされるスティーブン・バノン首席戦略官兼大統領上級顧問、財務長官に就任したスティーブ・ムニューチン氏も元ゴールドマンサックス出身者だ。

ドッド・フランク法は、オバマ政権時代のレガシー(政治的遺産)のひとつで、1930年代の大恐慌に匹敵するといわれた「リーマンショック」からの反省で生まれた。2010年に成立し、金融機関の活動に対して一定の制限を設けることで「大きすぎて潰せない」といった状況を防ぐために制定された。簡単にいえば”バブル防止法案”だ。

同法の中核には、銀行などの自己勘定取引を禁止する「ボルカールール」があり、銀行の運用資産の効率化を図るために高いリスクを取って運用をすることを禁止している。デリバティブ(金融派生商品)や商品先物、未公開株式やヘッジファンドなどに莫大な資金を投入し、これまで荒稼ぎしてきたウォール街を代表する金融機関が、ドッド・フランク法によってその活動を大きく制限されている状況だ。

共和党も、トランプが大統領に選出される前の共和党大会で、ドッド・フランク法の見直しを決議しており、共和党政権にとってもこの大統領令は既定路線だったといえる。

しかし、ドッド・フランク法の見直しは、かつてのバブル経済を再度演出する可能性がある。米国経済にバブルを発生させて、不動産価格をつり上げ、インフレをもたらそうとする意図が見え隠れする。当然ながら日本経済にも多大な影響をもたらすはずだ。

少ない資金で大きく投資する時代に逆戻り?

もともと大統領選中は「反ウォール街」で、行き過ぎたグローバリズムなどに反対していたはずだが、その一方で金融取引を中心とした金融資本主義に対しては市場の自由に任せたいという「矛盾した政策」を示していた。それがトランプ流といえばそれまでなのだが、ドッド・フランク法の中核といわれる「ボルカールール」の緩和を進めていくようなら、世界はまたリーマンショック以前に戻る可能性がある。

ドッド・フランク法の内容は全部で16編、2000ページ超にわたっており、最後に追加されたボルカールール以外にも多岐にわたって細かく規定されている。簡単にピックアップすると次のような内容になる。

●大規模金融機関に対する規制強化
●金融機関の破綻ルールの策定
●金融システムの安定を監視する「FSOC(金融安定評議会)」の設置
●経営者への報酬に対する監視強化
●金融市場の包括的な規制(デリバティブ取引等の透明性向上)
●消費者保護の改革(消費者金融保護局(CFPB)の設置)
複雑で厳しすぎるという批判は制定当初からささやかれていたことだが、これらの中でも特に問題になっているのが、大手銀行の活動を厳しく規制していることだ。住宅バブルをつくり、リーマンショックの原因をつくったとされる元FRB議長のアラン・グリーンスパン氏も、ドッド・フランク法を「悲惨な過ち」と呼んで「消え去れるのが楽しみだ」と語ったと報道されている。

ボルカールールの主旨は「銀行は高いリスクを取るべきではない」という考えで、自己勘定取引やヘッジファンドなどへの投資を禁止している。ただし、マーケットメイク(値付け取引)や顧客のリスク回避のためのヘッジ取引、さらに米国国債や政府機関債、地方債、外国国債の一部などについては例外となっている。いずれにしても、高いリスクをとって大きな収益を狙う取引は制限されている状態だ。

大統領令は、このボルカールールの撤廃が狙いと思われているものの、ゴールドマンサックスの元パートナー(共同経営者)だったムニューチン財務長官は「ボルカールールを支持する」とコメントしており、先行きは不透明だ。

たとえば、ドッド・フランク法の中には積極的な運用手法で知られる「ヘッジファンド」への出資規制が盛り込まれている。ヘッジファンドは、2008年のリーマンショックを契機に資産残高を大きく減少させたものの、2010年にはリーマンショック以前に回復。ヘッジファンドの情報収集会社である「ヘッジ・ファンド・リサーチ(HFR)」の調査によると、現在の運用資産総額は2兆8600億ドル(約320兆円、2016年11月30日現在)に達している。

レバレッジを効かせて少ない資金を元手に多額の資産を運用するため、実際に取引される資産の総量はこの数倍以上に達しているといわれる。ヘッジファンドに投資銀行の自己勘定分などを合わせた「リスクマネー」全体の総額は、リーマンショック直前には62兆ドル(想定元本、ISDA調べ、デリバティブ取引の総量)にも達したとされている。リスクの高い取引を制限しているドッド・フランク法の制定以来、こうしたリスクマネー全体の伸びは当然鈍化しつつあった。

最近もヒラリー・クリントンの娘婿が運用するヘッジファンドが解散したと報じられるなど、ヘッジファンドの成績は停滞ぎみだ。その背景には、レバレッジをかける際に資金提供してくれる銀行が、高リスクの運用を制限されているために資金源が細くなっているのではないかという見方がある。

雑誌『フォーチュン』によると、ヘッジファンドによる寄付金が大きく増えており、2008年の大統領選挙に比べて35%増、8億ドル近い金額に達しているそうだ。そのうち6割の寄付金が、ドッド・フランク法に反対していた共和党に集まったとされる。今回の選挙では、ジョージ・ソロスのように民主党を支持して1190万ドルの寄付をしたにもかかわらず、トランプ氏が大統領選挙に勝利して莫大な損失を被った人もいる。

いずれにしても、共和党が同意していることを考えると、トランプ政権がドッド・フランク法を骨抜きにして、再び自由な金融取引ができる可能性が高い。ムニューチン財務大臣は、ウォール街の利益の代弁者であることを考えれば、いずれは考えを翻してボルカールールの見直しに積極的になる可能性も十分考えられる。

世界中にバブルが蔓延し、やがて崩壊を招く?

さて、問題はドッド・フランク法の見直しによって何が起こるのかだ。

米国が金融規制を緩和することで最も大きな影響が出ると考えられるのは、やはりヘッジファンドや銀行の自己勘定取引といった「リスクマネー」の動きだ。積極的にリスクを取ってリターンを狙うのがリスクマネーの定義だが、その存在は、金融市場の動きを支配するだけでなく、経済全体も左右することになる。簡単に、その特徴を挙げると――。

●ボラティリティの大きな相場になる……
リスクマネーはレバレッジをかけて資金を何倍にも膨らませて投資を行う。そのためささいなニュースやイベントでも価格変動が大きく「増幅」される。リスクマネーの多くが人工知能やコンピュータに依存した取引をしている現在、どちらか一方の方向に価格が動く傾向があり、その結果としてボラティリティの大きな乱高下相場が続くことになる。

●さまざまな分野でバブルが起きてリスクが高まる……
リーマンショックの発端になったのは、RMBS(住宅ローン担保証券)といった信用市場の「証券化商品」のバブルだった。リスクマネーの投資対象は、本来、投資対象になりにくいレアなマーケットにも向かうことが多く、そういう意味では予想できない分野でバブルが起き、そのバブルが崩壊して世界中が大不況になる。17世紀にオランダで起きた「チューリップ恐慌」は、まさにチューリップの球根が投資対象になった。
●流動性の枯渇が暴落を誘発する……
リスクマネーは、レバレッジをかけて特定の資産に大量投資する。その反面、何か変化があると一斉に資金を引き揚げる傾向がある。言い換えれば、流動性が枯渇しやすく、暴落が起きやすくなる。特定の市場で大暴落が起こると、そこに投資していた金融機関などが経営危機に陥りやすくなり、やがて世界的な規模で金融機関の経営破綻が連鎖していく。トランプ政権は、金融機関の救済はしないと宣言しているから、事態が悪化すれば1930年代の大恐慌が再現するかもしれない。
●新興国のデフォルトを誘引する……
リスクマネーは、資金の行き場に困って新興国への投資に向かう。新興国は簡単にバブルをつくるが、何かあった場合、リスクマネーはすぐに安全資産に逃避する。結果的に新興国のソブリン債などが一斉に売られて流動性が枯渇。デフォルト(債務不履行)を起こし世界をパニックに陥れる。デフォルトが相次いだ1970年代の中南米が再現されるかもしれない。
その末路を見通すことができるのか

トランプ大統領は、相変わらず迷走し、メディア批判など敵をつくることで自分への攻撃をかわそうとしている。今回のドッド・フランク法の見直しも、彼自身は中小企業への融資が拡大し景気が拡大するだろう、といった程度の認識しかないのかもしれない。

現在はリーマンショック以降、米国、欧州、日本などが実施してきた金融緩和政策や量的緩和政策などの影響で、金融市場は史上空前のカネ余り状態。世界の株式市場の時価総額の半分以上を抱える超経済大国である米国が、金融機関の自由な取引を許せばどういうことになるのか。

トランプ政権には、その末路をアドバイスできるスタッフがいないのかもしれない。黙殺して、自分自身の利益を目指す閣僚ばかりでないことを祈るばかりだ。

ちなみに、日本への影響も計り知れない。メガバンクなど国際的な活動をしている金融機関はバブル崩壊のリスクを背負い、日本国内でも不動産バブルなどが再燃する可能性が高い。リーマンショック以後、自己資本の増強などを図ってきたが、そうした枠を超えるショックが起きたときどうなるのか。アベノミクスによるマイナス金利もどうなるか。米国のバブルは金利高を招き、テーパリング(量的金融緩和の縮小)を招く。

かつて「ドイツ民族ファースト」を連呼したヒトラー政権はやがて戦争に突入していった。このままトランプ政権が続けば、米国の暴走は誰にも制止できなくなるかもしれない。

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