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投資信託の運用手数料は「お布施」と同じでいいのか

投資信託の運用手数料は「お布施」と同じでいいのか

議論がかみ合わない
投信会社社長VS大学教授

 先週末、筆者は風変わりな勉強会で話を聞いていた。ゲスト登壇者は、ある独立系投資信託運用会社の社長さんと、経済学が専門で資産運用に詳しい大学教授の2人で、両者が議論を戦わせている。テーマ設定は、今風に「フィデューシャリー・デューティー(顧客本位の業務運営)」なのだが、もっぱら論じられたのは、投資信託の手数料だ。

 投信会社の社長さんは、近年、複数の大手運用会社から登場している低廉な運用管理手数料のインデックスファンドにご不満をお持ちだった。

「あんなコスト(手数料)では、あれらのファンド個別の採算は、真っ赤なはずです。彼らが、ああいうコストで商品を出せるのは、他の商品で高い手数料をぼったくっているからです。この状況は、会社の方針としてダブルスタンダードだし、低コストのファンドに人気が偏るようになると、規模の小さい運用会社は経営が圧迫されて運用業界の健全な発展を阻害しかねない…」とおっしゃる

一方、大学教授はクールに普通の質問を重ねる。

「ぼったくりとおっしゃいますが、そのファンドを買う客がいるなら、高い手数料でいいでしょう。運用会社の株主としては、運用会社に最大限に儲けてもらわないと不満ですよね」

「手数料が低廉なファンドを出すには、それなりの理由があるのではないでしょうか。iDeCo(イデコ・個人型確定拠出年金)などには、こうした商品が必要で、手数料の高い別の商品とは別のマーケットなのかもしれません。それに、個々のファンドでは赤字でも、低廉な手数料のファンドを出すと会社の評判が高まって、そのことのプラス効果があるのかもしれません」

 登壇した社長の運用会社が出している投資信託は、この日話題に上った低廉なインデックスファンドほど手数料が安いわけではないが、社長がぼったくりと言うような、例えば銀行の窓口で売られている投資信託ほどの手数料率を取るわけではない。何よりも、運用会社が投資家に直接販売しているので、対面の窓口で買った投信なら2〜3%も掛かる販売手数料がゼロである点が大きい。

 社長は、「我々には、当社の顧客に対してプロフェッショナルな運用とともに、投資家のコミュニティーの形成や投資知識の啓蒙といった、運用だけでない価値を提供しているという自負があります」とも言う。

 社長と教授の対論は、最初に「プロレスのようなものです」と言っていた通り、どちらも致命的な怪我をすることはなく終わった。「考え方は、一通りではなく、いろいろありますね」と、レフェリーならぬ司会者が議論を引き取ったからだ。

宗教が提供する精神的価値と
お布施の関係と全く一緒

 さて、こんな司会者のまとめ方では納得できない読者もいらっしゃるだろう。かつて、プロレスファンの中にも格闘技としての真剣勝負を求める層がいたし、何よりも論理的にスッキリしないのは気持ちが悪い。

 筆者なりに、先の運用会社の社長と大学教授の議論を理解するための“補助線”を引いてみよう。

 運用会社のビジネスモデルには、(1)ポートフォリオ製造販売業、(2)宗教的な価値の提供ビジネスの、2つのモデルがあり、多くの場合、一つの会社にこの両者が比率を変えながら混在しているのだと理解すると分かりやすい。

 ただし、(1)については、手数料コストが安いことが正義だと割り切ったコスト競争型のビジネスと、毎月分配型の投資信託に代表されるような顧客に錯覚を与えつつ高い手数料を取るための素材を提供する悪知恵ビジネスの2種類のビジネス方針がある。

運用会社が、最終投資家を顧客と見るなら、前者が「まとも」であるし、手数料を稼ぎたい販売会社(証券会社や銀行)を主たる顧客と見るなら(ビジネスの現実はこちらに近いが)、後者の供給者になることが経営上は合理的だ。

 他方、先の投信会社社長は、自社のビジネスが専門的な運用を提供していることに加えて、平均よりも優れた運用成果への期待、投資の知識、投資の社会的意味、積立投資の習慣、同じ志を持った投資家のコミュニティーなど、単なる運用以外の多くの「価値」を顧客である投資家に提供していることに自負を持っておられて、これらの価値に対して、低廉なインデックスファンドよりも高い運用管理手数料を取ってもいいのではないかと考えておられるようだ。

 こうした「価値」とその「対価」の関係は、宗教が提供する諸々の精神的価値と、お布施の関係と全く一緒である。

 運用会社は、多くの場合、約束も保証もできない現世御利益(平均よりもよい運用パフォーマンス)を期待させると共に、顧客の投資行動に精神的な価値を与えることに対して、対価を取るビジネスを営んでいる。

 このように、運用会社には2種類のビジネスモデルが存在しているのだと理解すると、「低廉なコストが正義だ」という手数料観と、「顧客が満足するなら、ほどほどの手数料を取っていい」という手数料観が並立し、混在する事情が理解できよう。

インデックス運用に負ける
アクティブ運用に高い手数料は不要

 純粋にリスクとリターンを届ける「ポートフォリオ製造業型ビジネスモデル」にあって、アクティブ運用(市場平均よりも高いパフォーマンスを目指す運用。一般にインデックス運用よりも手数料が高い)に価値はあるだろうか。

 筆者は、(1)事実としてアクティブ運用の平均はインデックス運用に負けており、(2)相対的に優れたアクティブ運用を事前に見つけ出すことはプロにも不可能なので、(3)純粋なポートフォリオ商品としてアクティブ運用にはインデックス運用よりも高い手数料を払う価値はない、と考えている。

 そして、可能性に寛容になるとしても、(4)アクティブ運用にある程度期待できる場合があるとしても払っていい手数料は、現在の手数料水準よりもかなり低いはずだ、と思っている。

 (1)と(2)には、事実としての重みと、「そうであって、当然だろう」という論理的なリアリティの双方がある。

投資家個人は、自分の意思で、「宗教としての運用」に高いお金を払ってもいいが、FP(ファイナンシャルプランナー)や金融機関のセールスマンのような、顧客にアドバイスする立場の人は、コストが低廉なインデックスファンド以外の商品を顧客に勧めることは「不誠実」だろう。金融庁用語では「フィデューシャリー・デューティー」に反している、ということだ。

 他方、異なる意見もご紹介しておこう。

 筆者が勤務する楽天証券で投資信託の分析を行っている篠田尚子氏が、「本当にお金が増える投資信託は、この10本です」(SBクリエイティブ刊)という書籍をこのほど上梓した。

 前書きを読むと「世界の投資信託事情にまで通じているファンドアナリストとなると、国内をひかえめに見渡しても、現時点では、おそらく私一人ではないかと思います」と清々しいまでの自信を示しつつ、この本では、買うに値する投信を、全てアクティブファンドから10本紹介している。

 ちなみに、篠田氏が投資信託を選んだ「6つの条件」は、

(1)購入時手数料がかからない
(2)決算回数が年2回以下
(3)3年以上の運用実績
(4)2社以上の金融機関で購入が可能
(5)同じカテゴリーに属する商品との比較
(6)運用手法および運用体制の評価

  の6点だ。

 賛成できる点も少なくないが、筆者とは、主に(3)と(6)の価値に対する評価が異なる。彼女は「投資信託の基準価額と運用成績はコスト控除後の数値なので、成績のよい商品を『コストが高い』という理由だけで切り捨てるのはナンセンスだと思います」と言う。先日、筆者は、テレビ番組で「手数料が年間に0.5%、100万円の運用に対して年間5000円以上のものは避けてください」(NHK「クローズアップ現代+」4月18日)と言っているので、彼女の批判の対象だ。

 最近話題のiDeCoでも主力となる運用商品は投資信託であり、投資信託の評価は誰もが直面する問題だ。プロのファンド評価が、どのように行われているのか見ていただくといいと思う。筆者の本の読者や筆者の議論に賛成されている方も、たまには、別の意見を読んで何が正しいのかを考えてみることには大きな価値があると申し上げたい。論点やその根拠を理解せずに「信じている」だけの意見は無価値だ。

投資家個人は、自分の意思で、「宗教としての運用」に高いお金を払ってもいいが、FP(ファイナンシャルプランナー)や金融機関のセールスマンのような、顧客にアドバイスする立場の人は、コストが低廉なインデックスファンド以外の商品を顧客に勧めることは「不誠実」だろう。金融庁用語では「フィデューシャリー・デューティー」に反している、ということだ。

 他方、異なる意見もご紹介しておこう。

 筆者が勤務する楽天証券で投資信託の分析を行っている篠田尚子氏が、「本当にお金が増える投資信託は、この10本です」(SBクリエイティブ刊)という書籍をこのほど上梓した。
い扶持を稼ぐために
必要な額をはっきり言うべき

 さて、アクティブ運用に価値があるかどうかといった、意見が分かれる論争はさておき、勉強会の本来のテーマであった、よりよい「フィデューシャリー・デューティー」を実現するためには、何がポイントなのか。

 そもそも、金融機関が販売の現場で、真に純粋に顧客本位であろうとすると、私見では、リスク商品は低廉なコストのインデックスファンド以外に勧められるものがなくなる。それ以外の商品を勧める販売員は、大なり小なり、無知か嘘つきかのいずれかだと言わざるを得ない。

 しかし、ビジネスの現実としては、「分配金で釣る」など顧客の錯覚を利用して(錯覚のパターンは行動経済学で研究されており、ビジネスの現場ではこれが悪用されている)、手数料を稼いでいるのが現実だ。そうしないと、銀行でも証券会社でも、販売に掛かるコストが回収できない。現実には「食い扶持」をどう確保するかが問題なのだ。

 これは難しい問題だが、2つ意見がある。

 まず、アドバイスには手間とコスト(人件費等)が掛かるのは当然なのだが、これに対する対価を運用資産額に比例する「率」で取るのではなく、手間に対する「定額のコンサルティング料」で取るようにしてはどうか。これは、率直にいって稼ぎにくいビジネスモデルだろうが、誠実かつ率直なやり方なので、訴え方によっては顧客の支持を得られるのではないだろうか。

 もう1つの問題は、そもそも、「顧客の利益」と「サービス提供の継続性」のために適正な利潤率はいくらだと考えているのか、金融機関が経営レベルで指針を明らかにすることの重要性だ。

 端的に言って、顧客からいくら取ることが適切なのか、経営者こそがはっきり言うべきだろう。取りすぎると顧客の資産が傷み、取らなすぎると金融機関が維持できない。両者のバランスを取る、手数料の水準、取り方を、経営者は真剣に考えるべきだ。

「コンプライアンスと監督官庁に文句を言われない範囲で、なるべくたくさん稼げ」というのが、多くのダメ経営者の思いだろうし、部下はこの本音を忖度して、客の錯覚や感情に働きかけて手数料を稼いでいるのが現実だ。

 適正利潤の水準について明言できない経営者は、「フィデューシャリー・デューティー」について口にする資格がない。

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