世界の投資関連ニュースを独自視点でお伝えしています。

過激発言は「貯蓄から資産形成へ」への秘策?

2017.06.20

金融改革の先陣に立つ森信親・金融庁長官が、この所苛立っているようだ。 4月に都内で開催された講演では、数多くの証券関係者を前に「消費者の利益をかえりみていない」と投資信託販売の現状を厳しく批判して話題になった。 金融庁が設立されて今年で20年目。当初「 貯蓄から投資へ」と掲げてきた標語も昨年「貯蓄から資産形成へ」と衣替えして、個人の投資を促してきたが、なかなか思うように進まない。フラストレーションが溜まっているのだろうか。

 先日、1つのデータが明らかにされた。 銀行や信用金庫などの貯金残高が2017年3月時点で初めて1000兆円に達した。日本企業はリーマンショックから立ち直り、業績は最高水準を更新する。ゆっくりながら、ベースアップ(ベア)などを通じて個人へも資金は来ている。しかし、個人消費や将来に向けた投資にお金が向かっていない。

貯蓄から貯蓄のまま

 投資信託に関しては、2016年度は14年ぶりに解約などが購入額を上回る資金流出となった。個人の保有する金融資産を見ると、16年末時点で 投信保有額は96兆円と全体の5.4%にとどまる。株式等も167兆円(9.3%)。合計で14.7%と1990年の13.2%からほとんど増えていない。米国では投信と株式が個人金融資産の約半分を占めている点と比較すると、日本では「貯蓄から貯蓄」のままだ。

 その一方で、質の面では実は変化の兆しが見えてきている。これまで人気を集めてきた毎月分配型と呼ばれる投信の販売状況が変わってきている。毎月分配型投信とは、 その名の通り投信を買えば、毎月一定額の分配金が戻ってくる商品。投信の基準価格が1万円程度のもので、毎月分配金が100円以上支払われる商品もある。

しかし、高い分配金を作り出すためには、工夫が必要。 信用格付けの低い海外企業の債券に投資したものや、値動きの激しい新興国の通過とリンクさせた商品、一般消費者には難しい仕組みのデリバティブ(金融派生商品)を組み合わせた投信などがある。

 さらには、高い分配金水準を保つため、投資家から集めた元本を切り崩す商品も数多く見られた。このタイプの商品は販売手数料や信託報酬と呼ばれる維持コストが高いものが多い。短期的に高い水準の分配金を貰えるのは嬉しいが、長期視点での投資に向いた商品とは言いがたい。

長期志向の商品へシフトの兆し

 森長官も4月の講演で、毎月分配型などの販売を念頭に置き「正しい金融知識を持った顧客には売りづらい商品を作り顧客に売るビジネス。手数料獲得が優先されたビジネスは、そもそも社会的に続ける価値があるものでしょうか」と厳しく非難していた。顧客本位の商品販売を促す金融庁が毎月分配型への販売に睨みをきかしたことで、大手証券会社の幹部からも「金融庁方針があるので、毎月分配金型を販促して目立つのは避けたい」との本音が聞こえる。

 それに加え、昨年は有力な毎月分配型投信で分配金の引き下げが相次いだことなどを受けて、前ページの図にあるとおり、毎月分配型の比率が、 昨年後半には年一回のみ分配金を支払うタイプに逆転された 。そしてその差は足元でも開きつつある。

 毎月分配が減り 、長期投資に向いた商品が少しずつ販売上位に顔を出すようになってきた。投資額という「量の側面」では金融改革の進捗は少ないが、投資先の商品が少しずつ長期志向へ変わってきたという「質の側面」では、森改革はある一定の成果を見せ始めている。

しかし、森長官は、あえて怒りの態度を前面に出している。冒頭の証券会社批判は、日本証券アナリスト協会が主催した国際セミナーでの一幕。証券業界関係者が数多く出席し、メディアなどの注目も集めやすい場。そこにあえて森長官は、「これまでのやり方を続けていては、今後10年経っても20年経っても何も変わらす、日本の資産運用業は衰退していく」「まずくて高いレストランは淘汰されていく」など厳しいコメントを盛り込んできた。心の底から怒っている、というよりは、そのようにあえて自己演出している側面が強い様に思われる。

 金融庁にとって、ここ数年は勝負の時だ。来年には積み立て型の少額投資非課税制度(つみたてNISA)の開始を予定。今年制度が拡大した個人型確定拠出年金(iDeCo)などの税制優遇策をテコに、個人の資産運用を促したい狙いだ。

金融庁創設20年で最大のチャンス

 米国では1980〜2000年台に確定拠出年金の制度拡充など、政府主導の改革によって、投信や株式投資が急速に進んだ経緯がある。

 米国が経験したビックウェーブを日本でも起こしたい。矢継ぎ早に制度改革を打ち出している今が、金融庁発足からの20年で最大のチャンス 。森長官には、こういった思いが強いのだろう。

 一方、国内の大手証券会社にとっては、顧客本位の長期視点での商品販売は、短期的に利益を押し下げる要因となる。手数料を多く取れる毎月分配型の投資信託を売り、局面が変わるごとに他の商品を紹介した方が儲かるというのは言うまでもない。当面は顧客本位を掲げる金融庁の顔色を伺うが、隙あらばコストの高い商品を売り出して経営を安定させたい。どんなきれい事を言おうとも、それが本音としてはある。

 森長官としては、NISA、ジュニアNISA、つみたてNISA、iDeCoと、ありとあらゆる策を繰り出す大勝負にでているときに、証券会社に足を引っ張られたくはない。貯蓄から資産形成へ、短期志向から長期投資へ、という流れが軌道に乗るまでは徹底的に証券会社に睨みをきかすという意思表示なのかもしれない。

 少子高齢化が進む日本では、将来的に公的年金制度が現在の水準を維持できる可能性は非常に低くなっている。各個人が 資産形成を早い段階から進める必要があるという点は紛れもない真実。金融庁の改革には意味がある。

 森長官が大げさに怒るのは、最初で最後のチャンスを取り逃したくないから。当面は、森長官の怒り姿を目にすることが増えるだろう。

関連記事

アーカイブ